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2008年 07月 31日
深セン新生活日記【74】 バスでぶらぶら-きれいになった布吉 (2005.12.11)

深圳新生活日記 【74】 2005年12月11日 バスでぶらぶら - 思いがけずきれいになった布吉

布吉の油画村へ行くつもりで家を出る。
323のバスで布吉へ出かける。そう言えば323のバスの終点がどこか知らなかった。好奇心で終点まで乗ってみようと思った。布吉の第2ボーダー(経済特区の区切り)の検査站を超えて特区外に出たあと本道からはずれてどんどん進む。したがって油画村とはかなりはずれたはず。
知らないバス駐車場で終点。

バスを降りて歩いてみる。露天で季節はずれのイチゴを売っていた。1斤(500g)15元と言う。1kg買った。28元。途中で食べてみると意外にうまい。でもちょっと重たい。

タクシーで油画村へ行こうとしたがタクシー代が高そうな事を言うので乗るのをやめる。距離は解らないがそんなに遠くはないはず、だまされているのかも知れないと思ったから。そうこうしているうちに日もだいぶ傾いてきた。323に乗って引き返すことに。

それにしても町はきれいな下町風だった。僕にとって悪くない感じ。以前に来たことがあるような気もした。でもきれいになっている。新しいマンション群は「信義假日城」とある。
以前の布吉のイメージは古い中国のあまり清潔ではない印象だった。今日こうしてやってきて自分のイメージが全く変わってしまった。これなら住んでもいいと思った。

323でいったん引き返したあと、山姆会員店(ウォルマートの会員店)へ。かなり久しぶり。バスローブがあった。98元。もう少し早く来てれば良かった。買う。
370元買いためた。そんなに買ったつもりはなかったが計算してみるとやっぱり買っていた。

7,700歩


今日7月31日は私が1996年7月31日に香港に出てきて働き始めて12周年、13年目の始まりです。深圳には2005年6月5日が引っ越し記念日。深圳もすでに丸3年を経過しました。



深圳の通天閣、招商銀行大厦と紅樹林、香港(2008.7.)
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by sceneway | 2008-07-31 21:56 | 【深セン新生活日記】 | 非公開コメント  
2008年 07月 30日
香港初在住日記(198) 初めての返還前のマカオへ (2) バスで (1998.3.19)

  【198】  1998年3月19日(木)  初めての返還前のマカオへ (2) バスで  

人力車の運ちゃんと別れてバスに乗ることにした。次の来る時のこともあるしマカオの街中を見て歩くための準備のつもり。バス停でしばらく観察して乗り方を研究する。
バスの路線図を見ても解るはずもなく適当なバスに乗る。確かに香港ドルが使えた。2ドルとか3ドルとかの安い料金だ。
町の様子は分かるもののどう走っているのか見当がつかない。ここも道路が好き勝手な方向を向いて曲がりくねっていて方向音痴の僕を困らせるには十分だ。地図が欲しくなった。

終点まで行って降りる。市場があったのでのぞいてみる。果物関係は香港に比べて安いように思った。マイルドセブンも15ドルで香港の半分。
でもここがどこになるのかさっぱり解らない。再びバスに乗る。

まだ八百伴があったので行ってみた。「New Yaohan」とある。本家の八百伴は倒産したので地元資本としてやっているのだろうか。
地図を探す。すぐ見つかった。18ドルとかいうのを選ぶ。高いと思う。香港も地図は高いと思う。
CD売り場が目につく。やっぱり買ってしまった。香港人歌手のアンディー・ラウが北京語で歌う「中国人」。あのディスクが丸でなく中国の地形をしたやつ。他に抗日戦争時代の歌らしいもの。香港でもこのたぐいのものをまれに見るがこのように大々的なものはお国柄というべきか。
とにかくかの時代がどういうものか見たいという気持ちで買った。

八百伴の喫茶店でコーヒーを飲みながら地図を見る。コーヒー代はめちゃ高かった。30数ドルだったように思う。(忘れた)そのため客が少ないのだろうか。でも海が見えて気持ちはいい。

再びぶらぶらしてバスに乗ろうとするとさっきの運ちゃんに会う。
運ちゃんは中国(大陸)から出稼ぎに来ているようだ。これから帰るという。僕にも行け行けと勧める。10番のバスが来て彼が僕のバス代を出すからと言い先に乗る。僕もついていった。どっちみちどこへ行くというあてなどないから。中国のイミグレでバスを降りる。彼は僕に中国へ入って1時間ぐらいで又戻ってくればいいと言い僕を誘う。彼が案内してくれるようだ。
ビザがあればそれでいいが今ビザが切れている。彼に説明するがよく分かっていないようだ。彼にとってはビザに縁がないから当然かも知れない。

とにかく行けないというと、彼は近くをぶらぶら案内してくれた。僕はこういう出会いは大好きだから中国に入りたかったけどしょうがない。写真を撮り彼と別れる。彼はそこから10番のバスに乗ればフェリーのりばだと言っているようだった。少し時間が早いがフェリーのりばへ。


アンディー・ラウのCD中国人 ディスクの形が台湾を含んだ中国
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カジノ
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教会跡
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イミグレ前で人力車の運ちゃん
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by sceneway | 2008-07-30 23:49 | 【香港初在住日記】 | 非公開コメント  
2008年 07月 29日
香港初在住日記(197) 初めての返還前のマカオへ (1) 人力車 (1998.3.19)

  【197】  1998年月日(木)  初めての返還前のマカオへ (1) 人力車  

(マカオの中国への返還は1999年12月20日、この日はまだ返還されていません)

9時過ぎマカオへ出発。上環のマカオ行きフェリーのりばはあの会社の面接などの帰りによく歩いたのでほぼ完全に理解している。

フェリーのりばへ向かう途中、お金がなかったのに気付きCD機を探す。MTR上環駅で1900ドルを引き出す。
チケットを137ドルで買いのりばへ。チケットを見せると何か言っている。広東語から始まり英語、マンダリン(北京語)となる。最後のマンダリンの一言で理解する。「不同的公司」会社が違うらしい。時間はぎりぎり。イミグレも通らないといけない。急ぐ。

改札を抜けイミグレ。初めてのマカオへのフェリー。
チケットに座席の指定No.を貼り付けてくれる。昔の飛行機のチケットみたいだ。中に入っても座席がなかなか解らないので適当に座る。
地図での距離感からすると1時間半ぐらいかかるのかなと思っていたら予想に反して早かった。1時間足らず。時刻表では45分となっていた。

マカオのイミグレも簡単に終了する。
ノービザで3週間の滞在可能となっている。香港も1ヶ月の滞在が可能だが、マカオにしても香港にしても普通の観光でそれだけ滞在できるはずはないのだが。
イミグレを出てターミナル内を見学する。Hongkong Bank(HSBC)のCD機がある。使ってみる。引き出す貨幣の選択が香港ドルとマカオドルになっている。無理して上環で引き出すこともなかったかな。珍しさからマカオドルを選ぶ。人民元の時のように両替手数料を取られるのだろうか。でもこの機械はHongkong Bankのだし。
レートはマカオドルが香港ドルより少し高いように感じられたがどうなのかな。
出金して外に出ると何かの呼び込み。人力車というか、ベトナムでいうシクロのようなものらしい。1時間200ドルと書かれた日本語の案内書を見せられる。100ドルならとOKとする。

マカオは初めてなのでまず全体を見たいと思って人力車を選んだのだが、この人力車は南部の海岸部を走るだけのようだ。坂も多いという話だから平坦な道を選んでいるのだろうか。
運ちゃんは場所名を英語で話す、といっても覚えたてというか、観光用。
民家などを見ていると香港ほど豊かではない気がする。
運ちゃんのカジノ、カジノという声が聞こえる。僕はカジノには全く興味がない。歴史的なものに興味があるだけ。

運ちゃんは一生懸命自転車をこいでいる。お寺の場所で一休みするようだ。あのお寺を見学してこい、僕はここで待っている、と彼はマンダリンで話す。
少し見学を始めて我に返る。いつものようにのんびりしていると1時間などすぐに過ぎてしまう。そこそこにして引き返す。
運ちゃんも戻ってきて再び出発。何かの教会跡へ。観光ガイドブックにあるところだろう。運ちゃんが僕の写真を撮りすぐに引き上げる。
さらにぐるぐる回って始めのカジノの場所で終了。

運ちゃんは150元を要求。僕は始めに100で交渉したといっても聞き入れない。あきらめる。
バスは香港ドルでも乗れるかと聞くともちろんOKだと言う。へえ。
マカオは2キロ四方ぐらいの小さいところだとガイドブックで読んだ。マカオよりずっと大きい香港経済圏に組み込まれているのだろうか。
フェリーも15分毎にあったから交流も盛んなのだろう。

この頃は北京語の能力もそんなにあるわけではありませんのでこの運ちゃんとの会話もけっこう適当だったことと思います。悪い運ちゃんのようには見えなかったので値段交渉のときもちゃんと意思の疎通がなかったかも知れません。



人力車と運ちゃん
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14世紀という媽閣廟
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by sceneway | 2008-07-29 23:30 | 【香港初在住日記】 | 非公開コメント  
2008年 07月 28日
香港最高峰大帽山957mを行く (6) 大帽山から下山 (最終回)

香港最高峰大帽山957mを行く (6) 

鉛礦坳




高原気分で楽しんだあと大埔墟(タイポーマーケット)への道をたどる。登ってきた道よりこちらの方が登山道らしい感じを受ける。

頂上から1時間半ほどで「鉛礦坳」というところにでた。分岐点のようであちこちへの道が分かれていた。名前の通り昔は鉛を産出していたようで荃湾から大埔古道の中点にあるらしい。
あちこちから登ってきた登山者がここに集まって頂上をめざすというような雰囲気がある。それにしては登山者が少ないが。

b0075737_23395191.jpgいろいろな分岐点のある中で大埔への道を選んで下山する。「Wilson Trail」となっている。
雰囲気のいい山中の道から大埔の街が眼下に見えるがらくた道に変わった。どんどん歩く。
鉛礦坳から30分ほどで車道に出る。と、ここまでタクシーで来た登山者らしい数人が登り始めた。
さらに歩くとKCRへのミニバスがやってきたので乗り込んで終点へ。
きょうの登山はこれにてフィニッシュ。

b0075737_23401137.jpg3人で近くの街市で休憩してお開き。

今日は出発時点で天候が悪かったし、天気予報もよくなかったので帽子を持たずに歩いた。高原付近で少し天候はよくなったもののほとんどはガスと曇り空。日があまりささなかったのにも関わらず顔手足の露出部分は真っ赤になっていた。

僕は深圳に着いてから足マッサージへ。力強い人を希望すると男性のあんま師がやってきた。

おわり

山ブログ →  大帽山郊野公園 
ホームページ    →  大帽山郊野公園 
香港郊野公園分布図 →  香港郊野公園 



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鉛礦坳
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鉛礦坳
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登山道までタクシーで来た人々
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ミニバスへ
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KCR(MTR)大埔墟駅で
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どういう歴史で頂上の鉄条網、金網はできたのだろう、これが知りたいところ。
深圳最高峰の梧桐山に比べて登山者も少なく静かな感じ。頂上の金網とかが影響してる?
香港空港のあるランタオ島には香港第2の高さの鳳凰山という山があるようだ。これも登ってみようかな・・
こちらは登山者は多いだろうか。

今回の所要時間(いつものように写真を撮りながらののんびりモードです。今回の写真は364枚)
川龍  → 大帽山頂上 2.5時間
頂上  → 鉛礦坳   1.5時間
鉛礦坳 → ミニバス停 50分

地図(クリックすると大きくなります)



関連ホームページ
 香港政府漁農自然護理署 

次のページはいろいろな大帽山へのアクセスと雰囲気が解って便利なのですが深圳からのネットアクセスができないかも知れません(なぜかアク禁)
 新界中遠足行山路線 




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by sceneway | 2008-07-28 23:52 | 香港の山 | 非公開コメント  
2008年 07月 27日
香港最高峰大帽山957mを行く (5) 高原 - 大帽山

香港最高峰大帽山957mを行く (5) 高原 - 大帽山

高原 大帽山





b0075737_2252874.jpg鉄条網と金網のしきりは興ざめにする。晴れていればそのけばけばしい風景が否応なしに目に入ってくることを思うと頂上では天気の悪い方がいいのかな。




b0075737_22522685.jpg下山する。登ってきた方向とは逆に「大帽山林道」と書かれた道を行く。
少し歩くと視界が開けて目の前に雄大な景色が広がった、ちょっと感激。頂上から離れるにつれて薄日が差すようになってきた。
頂上付近は高原のようになっていて木々が少ないので遠くまでよく見渡せる。

KCR(MTR)の大埔墟(タイポーマーケット)へ抜ける道を選ぶ。まずは道標に書かれている「鉛礦坳」というところをめざす。


山ブログ →  大帽山郊野公園 
ホームページ    →  大帽山郊野公園 
香港郊野公園分布図 →  香港郊野公園 



下山開始後、雄大な景色が
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「鉛礦坳」の道しるべ
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by sceneway | 2008-07-27 23:02 | 香港の山 | 非公開コメント  
2008年 07月 26日
香港最高峰大帽山957mを行く (4) 大帽山頂上

香港最高峰大帽山957mを行く (4) 大帽山頂上

頂上のアンテナ群





b0075737_2350103.jpgほとんど視界のなくなる中、頂上付近、アンテナ群の立ち入り禁止の金網の近くで昼食を。にぎりめし、寿司など、日本のようなメニュー。
魔法瓶に氷と共に入れておいた冰紅茶をここで飲む。めちゃ冷えていておいしい。

今日の服装はハーパンというより短パンにTシャツ、昼食をしながら休憩すると体温が少しずつ冷えてきて少し肌寒くなってきた。いくら標高950mといえども香港の7月に肌寒いというのは初めての経験。
マウンテンバイクに乗った欧米系人がやって来て近くで上半身裸になって休憩とサンドイッチの食事をとりだした。

b0075737_23484151.jpgポテトチップスの袋を見るとぱんぱんにふくれている。日本メーカーのも地元メーカーのも・・
地元メーカーのはぱんぱんにならない(気密性がない)という話があったので持参したが問題ないようだ。
(右側がカルビー、左が地元メーカー)

昼食後、下山を開始。先ほどのマウンテンバイクの彼も超スローモードで出てきた。

山ブログ →  大帽山郊野公園 
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ときたまとぎれるガス
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目の前に頂上
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かすむアンテナ
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深くなるガス
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頂上が
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金網で仕切られて・・
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昼食時、視界は最悪に
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マウンテンバイクで
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by sceneway | 2008-07-26 23:43 | 香港の山 | 非公開コメント  
2008年 07月 25日
深セン新生活日記【73】 モデルルーム見学 (2005.12.8)

深圳新生活日記 【73】  2005年12月8日  モデルルーム見学

おととい電話メールで案内の来ていた新築マンション、香格麗苑へモデルルームを見に行く。すごく高い。まだ価格決定をしていないらしいが、平方メートルあたり1万から1万5000元だと言う。狭い部屋70-80㎡で9000-9500元、114-138㎡ならば1万以上のようだ。高級団地というわけでもないのにこの値段。今なら僕はとてもマンションを買う決断はできなかっただろうな。買えたとしても70㎡ぐらいか。

ここのモデルルームを見てもそんなに広い印象はない。実面積が小さいのだろうか。
モデルルームというのは店のディスプレイと同じ感覚なんだろうな、やっぱり。実際に住むことは考えられていないようだ。
ゆったりと見えているが、台所には冷蔵庫の場所がないし、トイレのドアもない。このあたりモデルルーム設計の妙と言うことだろうか。
でも最終的にこれも売却する。買う方は内装の手直しが必要かも。

見学のあと散歩していると農林路で蹴羽根をしている老夫婦があった。とてもいい感じだった。

ちょっと訳のわからない電話がある。「クワイティ」と聞き取れる。電話が途中で切れたのを機会に適当にピンインをあてはめ電子辞書で調べてみる。どうやら「快递」、速達のようだ。でも僕に速達が来るわけないし...

しばらくするとまた電話、今、僕のマンションに着いたらしい。やっぱり快递のようだ。10分待ってくれと言いミニバス411で帰る。
マンションの入り口で車で来ていた彼らと会う。カレンダーのようなものが見える。友人の香港事務所から送ってきたと勘がつく。

やっぱりそうだった。宅配便でカレンダーを送ってきてくれた。サインをする。

7,600歩


蹴羽根をする農林路の初老夫婦(たぶん) (2005.12)
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動画です





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by sceneway | 2008-07-25 23:34 | 【深セン新生活日記】 | 非公開コメント  
2008年 07月 24日
深セン新生活日記【72】 中国ビザ切れ寸前セーフ (2005.12.6)

深圳新生活日記 【72】  2005年12月6日  中国ビザ切れ寸前セーフ

今日は一段と寒さが増してきた。
パスポートを見ると前回が11月21日となっている。とすると今日が15日目、ああ、危なかった。
まず104のバスで永亨銀行へローン返済。その後、久しぶりに地下鉄で羅湖、そして香港に出る。
粉嶺へ。吉野屋で牛丼を食べ、百佳スーパーへ。うどんと焼きそば用に生そばを買う。

再び羅湖に戻り東門市場へ。バスローブを買う。100元であった。
門診部へ行き104のバスに乗る。以前は104の最終バスが8時半で、JUSCOへ行った時まずいことになったが、21時までに延長されていた。

マンションで降りると、僕と同じ棟の住人も104に乗っていた。彼は内装中から僕を知っていたと...言われれば僕も見たことのあるような...彼は6階Bだった。夫婦で住んでいるらしい。僕を日本人と知っていた。

9,600歩

日本人の場合、15日間は中国ビザを免除されます。深圳に引っ越してからは長期ビザをとらず15日目までに香港へ買い物に行っていました。この日はぎりぎりのタイミングで危ないところでした。

実は私はこれまでに3、4回オーバーステイをしてしまいました。1日から2日のオーバーステイ。噂ではオーバーステイは1日あたり500元の罰金を取られると言うことでしたが、今までは運良く全て注意だけで終わっています。でも何があるかも知れず、今はカレンダーに印を付けて忘れないようにはしています。
これまでに香港で6ヶ月のマルチビザを数度取得したのですが、オーバーステイする時はするものでいつしかマルチビザを取得しなくなりました。何かいい方法はないのかなあ・・



深圳・筆架山(177m)から香港最高峰・大帽山が見えました。 (2008.7.)
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by sceneway | 2008-07-24 22:51 | 【深セン新生活日記】 | 非公開コメント  
2008年 07月 23日
香港初在住日記(196) 一つの会社を辞退する (1998.3.17)

  【196】  1998年3月17日(火)  一つの会社を辞退する  

昨日、上環へ行き一つの会社を辞退してきたのだが、今朝、電話がかかってきた。日本から彼の上司である部長が来ているらしい。もう一度会いたいという。
こういうのには断れない性格のため内容は想像つくもののOKする。2時半のアポとなった。

2時半に上環へ。いつものように受付で「XXさん、please」。
アポはあるかどうか聞いてきたので「Yes」と答える。

すぐに東尾さんが部長を連れて入ってきた。さすがに営業マン、二人とも悪い感じはしない。もし入社してつきあっていくとどういう面がでるのだろう。
再び丁寧に辞退する。
雰囲気から察してなかなか人が集まらないようだ。たぶん勤務地が香港ではなく深圳、しかも布吉(田舎でまわりに何もない、という印象がある。香港の一等地である上環とは雲泥の差)ということのためではないのだろうか。

23日にもう一つの会社の面接がある。彼らは面接の結果を知らせて欲しい、と言う。


ここの会社の仕事内容からしてもし入社すれば営業マンとうまく付き合っていかなければなりません。
一般的に営業人と技術人は人種が違うかと思うほど雰囲気が違います。私は根っからの技術人と見えるようで、友人は僕が営業マンとはうまくいかないということを指摘します。彼は営業人的な仕事をしているので何か説得力のある意見で妙に納得してしまいました。ま、そういうアドバイスもあり、辞退することに決めました。
23日の面接の会社だとその点問題なさそうなのです。で、これに期待を。



香港 ジョーダンの港付近 (2007.2)
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by sceneway | 2008-07-23 23:14 | 【香港初在住日記】 | 非公開コメント  
2008年 07月 22日
香港初在住日記(195) FAXを買う (1998.3.15)

  【195】  1998年3月15日(日)  FAXを買う  

S氏と11時に藍田の駅で待ち合わせ。深水埗と旺角へ。深水埗でVCDエンコーダの資料を集める。
Faxを買う。2100香港ドル。
DVDプレーヤーを見るとだいぶ値段が安くなっている。一番安いのは東芝1780香港ドル。約3万円。カートンが日本語になっている。全世界対応。日本で売れなかったため改造して香港向けにしたような感じだ。DVDオンリー、VCDは再生できないので売れないかも。
Panasonicで普通のものも3300ドル程度。5万5000円、全世界対応になっているのは間違いなさそうだ。もう買い時かも知れない。
旺角では音声のでる翻訳機も買って、今日はなかなか物入りだった。

S氏と共に我が家へ。今日は日曜日、彼のところはいつものようにどんちゃか「パーティー」をやっているから。
6時半、H氏宅へ。夕食を共にし10時過ぎに帰宅。

FAXのセットアップ。骨が折れる。取扱説明書の英語と中国語を交互ににらめっこだ。


1998年、DVDが出始めた頃でした。著作権保護のため地域コードが採用されたのですが、香港ではそれでは売れないという判断からか、改造して全世界対応にして売られていました。当時の機器には簡単に変更できる構造となっていたようでした。DVDを普及させるためにおそらく意図してあった?
プレーヤーの値段も今なら400元ぐらいから買えることを思うとやっぱりけっこうな値がしています。

FAXに限らず、何かを買った時に困るのが取扱説明書。日本の時はすみずみまで読んでいたのですが、英語と中国語では分からないところだけを拾い読みするのがやっと。困ったものです。せめて日本メーカーぐらい日本語を入れておいてよ、と何度思ったことか。
三洋製品をいくつか買ったことがありますが、これらには全部日本語のマニュアルが付いていて助かりました。

しかしメールでなくFAXとは。時代を反映しています。今なら全く買う気は起こらないですよね。全てネットです。
そしてこの1ヶ月後にはデスクトップPCを買いダイヤルアップでネットを始めることになるのです。CPUは400MHz、ネット速度は1秒間にほんの5Kバイト。


民俗雑多な香港・尖沙咀 (2007.8.)
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by sceneway | 2008-07-22 22:27 | 【香港初在住日記】 | 非公開コメント