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2007年 02月 28日
香港初在住日記(69) 中国工場から香港に戻る (1997.3.8)

  【69】  1997年3月8日(土)  中国工場から香港に戻る  

 今日は香港に帰る。

 日本人Mr.Aと昼食時歓談する。彼は中国工場に就職しているので懇談するのは初めて。言葉に堪能なのに驚く。60歳という高齢ながら英語、中国語ができるとのこと。話をしていても少し寂しそうな印象があるものの人柄に悪い感じを持たない。

 月曜日からこの前面接した女性が出勤してくるらしい。

 午後3時、香港人を入れて3人で香港に帰る。香港・藍田の自宅には6時着。台所を調べると案の定、タマネギキャベツがだめ。ほかのものも用心のため捨てる。
 ビデオは予約しておいた「聴不到的情話」(愛していると言ってくれ)がちゃんととれていた。電話のあと一気に見る。
しばらく留守にしていたからか電話がたくさんかかってきた。

だんだん香港と中国の二重生活が増えてきました。やっぱり食料や電気器具など、心配になってきます。まあ、気分はいろいろ変わってきていいのですが・・・

初めて面接をして採用した彼女が出勤してくると聞いてちょっと楽しみがあるのですが、会社の状況も悪くなってきているので中国人からはよく香港の会社の状況を聞かれることが増えました。もっとも香港人中国人とも会社に対してはそんなに執着心がありません。転職は日常茶飯事。でも香港の場合は1997年7月1日の中国への返還が目の前、複雑でした。


深圳付近に進出してきていた日系スピーカーメーカー
どのメーカーも工場のある所はなぜか田舎
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by sceneway | 2007-02-28 23:47 | 【香港初在住日記】 | 非公開コメント  
2007年 02月 27日
香港初在住日記(68) 中国工場Ⅱ 中国カラオケへ (1997.3.5)

  【68】  1997年3月5日(水)  中国工場Ⅱ 中国カラオケへ  

 夜、香港人3人とカラオケに行く。1人はいつの間にかほかへ行ったらしい。追求はしないで・・・
 大いに歌いまくる。小姐もいる。僕はこういうのは苦手だけど他の人のこともある。
「思念」「哭砂」で始まって何曲歌ったかわからない。とにかく最後はのどがかれた。「譲我歓喜譲我憂」でキーが高すぎたせいもあるのかな。帰ったら1時になっていた。小姐のチップは200元だった。

 こういう場所はあまり得意ではないのですが、工場近くには何もないのでカラオケには香港人に誘われるままによく行きました。

 私の中国語の歌のレパートリーはこのときで30曲程度あったと思いますので香港人に盗って私は誘いやすい日本人だったようです。
 中国のカラオケですがカラオケ屋によっては日本語の歌もあるみたいで、私を日本人と聞いて店員さんが「日本語の歌が必要ですか?」と聞きました。すかさず香港人が「必要ない!彼は中国語ので十分」だって。(- -#

 中国のカラオケではたいがい女性がずらっと部屋に入ってきましてその中から指名して一緒に歌を歌って遊ぶ、という形態です。彼女たちには給料がなく、そのときのチップが給料になるようでした。


2007年2月 深圳・蓮花山公園の休日
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by sceneway | 2007-02-27 23:25 | 【香港初在住日記】 | 非公開コメント  
2007年 02月 26日
深セン マンション探検 別荘-Town House

深圳マンション探検 別荘-别墅-Town House

 深圳のマンション建設はまだまだ盛んでいっこうに終える気配がありません。私が買った頃は売る方の腰が低かったのに、最近ではマンションの高騰に加えて売る方が客を選んでいるようなところもあります。

 中国語の别墅(bíeshùピエシュー)、直訳すると別荘ですが深圳の别墅と呼ばれるところを見ていくと別荘というような雰囲気は乏しく一戸建ての家という感じがします。二戸つながったような物件もありますし。英語では「Town House」と表現されています。

普通のマンションならば日本や香港に比べてかなり安いのですが、别墅となると平方メートル単価が2倍以上となるようです。純粋に别墅だけで構成されている所と、普通のマンションに併設されているところがあります。
私があちこちの建設中のマンションを見学していた2004年当時は、普通のマンションが7000元/㎡ぐらいだと同じ所に建つ别墅は2万元/㎡以上していました。さらに普通のマンションだと50㎡ぐらいの物件でもありますが、别墅の場合、平均的に300㎡ぐらいでした。

したがって普通にマンションを買う場合に比べて10倍近い予算が必要です。もちろん、田舎へ行けばかなり安くなってきますが、現在深圳の経済特区で别墅を買おうとすると日本円にして1億円では買えません。2億円程度の予算が必要なようです。
さらに買ったあとの管理費も普通のマンションに比べて平方メートルあたり2倍程度。
ただこういう别墅、派手に建設されて売れているのです。こちらでは金持ちも半端でないと言うところなのでしょうか・・・



别墅だけの純別荘 一番最初に别墅なるものを知った場所。
1軒800万元と言われました。1億円以上です。
もちろんマンションと同じように全体を塀で囲まれて住人、関係者以外は入れません










マンションに併設された别墅 1










マンションに併設された别墅 2







ホームページの資料




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by sceneway | 2007-02-26 23:06 | 深セン | 非公開コメント  
2007年 02月 25日
香港・中国/若葉マークの頃【2】 東莞出張日記1994年 - 散髪と公安(警察) (3)
散髪と公安(警察)の最終回です

中国東莞市鳳崗鎮出張日記1994年  - 散髪と公安(警察) (3)

1994年6月16日-7月6日 By Sceneway


 自分はまだ経験した事はないが、公安が無作法極まりない手入れをする、ということは知っていた。目的はいかがわしい女性を部屋に連れ込んでいないかどうかを調べる事だそうだ。中国は夫婦でもホテルの一室に宿泊するのに夫婦の証明書を見せなければならないお国柄である。他人同士の男女が同室するなどもってのほか、という事だろうか。聞くところでは決まって夜1時や2時にやって来ては部屋の隅々、バスルーム、トイレまで確認して部屋を出ていくそうだ。

 チェーンをはずすと私服の男2人がずかずかと入り込んで来た。そのうち1人が日本の免許証のようなカードを見せた。手に取って見るとやはり「公安」と書かれている。部屋を隅々チェックしたあと何か言ってくる。広東語らしい。パスポートを見せると僕に向かってチェーンを掛けるように手で合図をし、あわただしく出て行った。


 やれやれこれでやっと洗礼が済んだと思ったのに1週間後またもや現れた。今度は公安のあの軍隊のような草色の制服でやって来た。この前の人間とは違う3人連れである。意識が遠くなり眠り込む寸前で、夜ももう2時を過ぎているようであった。

 ドンドンドン!!「〇×□△▽!!!」




むりやり眠りから引き戻された僕の機嫌は最悪となった。チェーンを外すとすぐベッドに入って眠りの続きを実行した。今回は制服のためか身分証を見せる事なく部屋を調べている。確認を終えた後ベッドの足元で3人の公安が立ってなにごとか叫んでいる。
 うるさい!中国語である。普通話らしいが判るはずないではないか。
「なに ゆうてんのか わからん」こちらもコテコテの関西弁で応答する。
「〇×□△▽!!」
 中国語が判らないという事がわかるはずなのに中国語で怒鳴り続ける。
「なに ゆうてんのか わからへんやないか」
 こちらも関西弁で応答を続ける。何しろ寝入りばなを起こされた上、中国語でまくしたてられ、感情は”絶好調”だ。
「*#&@§☆」
「ええ?」
 しかしたいしたもので聞いているうちに少しずつ単語が判り始めてきた。どうやらどこから来たかと言っているようである。しかしこちらは何も悪い事をしているわけではない。言葉がわからないということで通す事にした。

「ええ?おお?」
 今度は威嚇するように一歩踏み出してきた。
「オオ?エエ?」
「ええ?おお?」
 幾度かやりとりが繰り返された。おとなしかった1人の若い男が
「ニップン?」
 と言った。ニッポンというつもりらしい。あまり意地を張っていても危険かも知れない。ここらあたりで手を打つ事にした。
「おう、ニッポンや、ニッポン」
 と言い返すと、あっさり3人は出て行った。ドアは開けたままだ。本当に腹が立つ。これが中国というものだろうか。人のプライバシーも何もあったものではない。

 中国人と接する機会ができてから中国人に対して僕は好印象を持っている。細かい事は別段気にしないし、言い合いをしても後はあっさりしているし、理屈も理解してくれる。人見知りもせず、誰とでも友達になれそうな雰囲気を持っている。細かい事をあれこれ言われるのが苦痛である僕にとってとっつき易いのだ。

 こうして考えてみると、無作法極まりないあの公安もそういった特性は持っているように思える。日本人とわかればあっさりと出ていった。にしても高飛車な行動と言動は感情を高ぶらせる。もう少しなごやかにして欲しいものだ。

 しかしどうして去年は1度も来なかった公安が今回2度もやって来たのだろうか。ここでふと散髪屋のことが頭をかすめた。あれだけ派手におしかけて行ったのだから公安が情報を仕入れて見回りに来たのかも知れない。何か中国の実体の一つを見たような気がした。



中国東莞市鳳崗鎮 - 散髪と公安
終わり


これは13年前の話です。今はどうなのかわかりません。
 技術屋と営業マン、内科医と外科医などよく観察すると人種が違うかと思うほど受ける印象が違います。工業学校でも体育会などで電気科系と機械科系では性格の違うのを感じました。
 自分で選択する場合は性格で趣味趣向の方向性が決まり、会社では配属が決まるとそこの人種に自分を合わせていくということでしょうか。

 一般の生活の中で中国を観察していると、公安と一般市民というのもこういう「人種」が違うように見えます。日本でも政治家と会社員では人種が違うのかも知れません。


 公安は私の言葉を聞いても外国語と思うことなく、中国のどこかの地方の方言だと思っていたのでしょう。

ある時ある店で日本人2人で話していたら、隣の中国人
「あんたたち、(中国の)どこから来た」
「ん、どうして?」
「あんたたちの話している言葉が全くわからない!」

今日は蓮花山公園へ、頂上広場に登ってきました。
麓では春節の名残のたこあげ。
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by sceneway | 2007-02-25 21:38 | 香港中国若葉マークの頃 | 非公開コメント  
2007年 02月 24日
中国深セン初内装日記(67) もう一つの地板工場見学 (2005.3.28)

【67】  2005年3月28日  もう一つの地板工場見学

 香港は今日までイースターの休み。久しぶりにいい天気。
朝早くから香蜜山に向かう。昨日買った地落を変更したいと思ったため。
香蜜山に着くとすでに設置されており変更を断念。タイル張りはけっこう進んでいる。そろそろシステムキッチンの設計に入りたい。

b0075737_19564560.jpg 7棟4Aにある地板(フローリング)仮店舗へ。「茂木」というブランド。行くといつ工場へ見に行くかという。あ、みんな同じことをゆうねんや。「いつでも」と言うと「今はどう?」「OK」。というわけで小姐と男性と3人で出かける。会社の車の手配がつかなかったので路線バスで行く。323路のバス(写真)で布吉まで行き366路バスに乗り換える。366は見ると皇崗口岸(香港とのイミグレ)始発となっている。

 なじみの大芬油画村(油絵村)の看板が見えてきた。とすれば、皇崗からダイレクトに油画村に入ることが可能だ。
バスを降りてまだあるらしい。もう2時近い、バス停のそばの福建麺の店で昼飯。4元の煎蛋麺を。水餃子共にうまかった。

 白タクで工場へ。結構距離があった。
「嘉森地板」よりは狭いが工場の愛想はいい。いろいろ説明があるし、ショールームも作ってある。

 玉檀香のいい香り。嘉森の時は材料を大積み」してあっただけだが、こちらでは整頓されている。長さ760mmのものが620元、460mmが430元と全く違う値段。300mmだと400元と言うが、これなら460mmがいい。紫檀は760mm x 125mmが260元。いずれも工事費込み。まだ時間はある。嘉森とのことも考えてみよう。

 バス停まで会社の車で送ってもらいバスで再び香蜜山の現場へ。
タイル張りは完成近い。主衛生間のタイルはやっぱり20枚以上残りそうだ。500元ぐらいになるだろう。

 441路のミニバスでTOTOに向かう。ウォシュレットの値段を調査するためだ。WEBの販売サイトで調べた値段のプリントアウトを見せればその値段に合わせるだろうか。
あいにく時間切れでCLOSE。明日か。

13,600歩

WEBショッピングの値段をプリントアウトして持って行くと競争心がわくみたいでけっこう効果があります。「その値段にはできないよ。もうけがなくなる」とか言います。
ウォシュレットは上海から買うみたいで上海のWEBサイトの値段は深圳までの輸送費がいらないので安くなる勘定。
いろいろ裏話みたいなのも聞け出せるので面白いです。

ネットショッピング画面
卫洗丽(衛洗麗)と書かれています。ウォシュレットのきれいな音訳です。




今日の深圳

深圳地下鉄「購物公園」駅出口にCOCO Parkというショッピングセンターが建設されていますがここにもJUSCOができます。現在内装工事中、かなり大きそうです。

COCO Park
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それにしてもどこへ行ってもローラーブレード(インラインスケート?)をやっていますね。
はやってるのかな。
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by sceneway | 2007-02-24 20:56 | 【深セン初内装日記】 | 非公開コメント  
2007年 02月 23日
中国深セン初内装日記(66) 地漏って ? (2005.3.27)

【66】  2005年3月27日  地漏って ?

 昨日は沙田のIKEAへ何かのアイデアを探りに行ったがほとんど収穫はなかった。深圳の方が役に立つ。
昨日も小雨で気温が低かったが今日も天気がよくない。梅雨に入ったのだろうか。

 昼から香蜜山へ。トイレの床のタイルが貼られていた。
 地下駐車場へ行くとあの仮店舗から寄っていけとの声。座り込んで水を出してもらってだべる。カーテンの装丁方法を聞く。やっぱりレールは曲がったものを使うしかないようだ。彼女らが言うのはフローリングを張る前にカーテン・レール処理をしろと言うこと。
 しばらくすると項目経理から電話。いつものようにわかりにくい。彼女らに聞いてもらって説明してもらう。「地落」と書いてくれたがこれを買えとのこと。トイレや台所の排水口の金具のことらしい。従って3つ必要。
百安居へ行ってみる。店員に言って売り場を確認する。「地漏」になっていた。面白いのがない。一応無難なものを買う。
 TOTOの売り場に寄ってみる。メールで内装仲間のHさんの言うとおりウォシュレットが安くなっている。3,600から2,980になっている。これだけの差は大きい。しかも2つ、2万円。ちょっとかわいそう。内装屋が早く買えというので急いで買ったらずっと放ってあるとのことだった。

411路のバスで華強北へ寄って帰る。

b0075737_1133713.jpgネットで調べてみると「地漏」というのは日本語では「排水目皿」と言うようですが初めて聞く名前でした(写真は買った地漏)。
バス・トイレの排水口の金具です。下のタイルの写真の排水部分にはめ込みます

で、中国語では名前がわかるけど日本語でどういうかわからないのが結構あります。ネットで調べて日本語の名前も知っておこうとしているのですが名前の探しきれないものが残っています。タイルの各部の名称とか、システムキッチンの各部の名称など。
大理石の名前は全く別物。木材の名前も・・・

はられた床のタイル 垂れている線は給湯器のリモコン用
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そしてこの頃から工事の進度ががたっと落ちてきました。行っても作業者のいないことがありました。契約の時に遅れたときのペナルティーを課しておいた方がよかったなと後悔。


JUSCOに吉野家ができたとの情報を入手、行ってきました。
 → チャイナ生活in深セン  (たこやきつながりのブロガー様)

独立した店でなくて食堂にあるカウンター。
華強路の店のイメージとは少し違いますが、JUSCOでの安いメニューの選択肢が増えました。
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by sceneway | 2007-02-23 22:40 | 【深セン初内装日記】 | 非公開コメント  
2007年 02月 22日
香港・中国/若葉マークの頃【2】 東莞出張日記1994年 - 散髪と公安(警察) (2)

中国東莞市鳳崗鎮出張日記1994年  - 散髪と公安(警察) (2)

1994年6月16日-7月6日 By Sceneway


 6、7分歩いた所で彼は大通りから左に折れた。少し暗くなってきた。心細い。戻ろうと曹さんに言うが、彼は大丈夫と言ってきかない。少し行くとやっと1軒があった。みると看板には「髪型設計」と書かれているが、もう営業時間は終わっているようだ。「やっぱり、いいところは髪型設計となるのか、終わる時間も早い」と曹さんが言う。「お前、ここへ来るのは初めてか」と聞き返すと、そんなことはない、と言っているがなにか頼りない。少し行くともう1軒あったが客でいっぱいである。感じはよかったのだが冷房がないから戻ろうと曹さんが言う。贅沢な奴だと思ったが夜も10時過ぎだと言うのに確かに暑い。旅店の近くの散髪屋に引き返すことにした。
「この道が近道だよ」
 またまたまた。暗い道を引き返そうと言うのである。

 よく聞く失敗談というのは夜の暗い道というのが多い。夜の深圳で脇の小道に入ったとたん顔を殴られ気絶し、気がつくと持っていたものはことごとく無くなっていたという人がいる。この話を聞いて「海外では夜の暗い脇道を歩くな」ということを教訓にしているのである。

「暗いやないか。いやや」
「大丈夫だよ。何も危険はない。僕はしょっちゅう通っている」
「それは昼間やろ。今は深夜や。それにお前には前科がある」
「大丈夫だよ。深夜だって通る。問題ない」
「判った。強盗に襲われたらお前を放って逃げるからな」
「ああいいよ。あなた、本当に恐がってるね」

 そりゃいろいろ話を聞いているから恐い。ポケットを探る。貴重品は・・・。人民元で100元程度か・・・。まあ盗られても大丈夫だ。覚悟を決めて歩き始めた。数分程歩くと明かりが見えてきた。多少ほっとする。3人の人影が目にはいるが問題はなさそうに見えるが、念のため曹さんに日本語を使わないように言いその前を通り過ぎた。道を左に折れると目の前は見慣れている大通りだ。やっと安心できた。なんともないだろ、と曹さんが言った。まあ僕の用心し過ぎかも知れないが、用心に越したことはない。こういう緊張感が無くなったところで事故にあうケースも多い。

 旅店の近くには2軒の散髪屋が並んでいる。両方とも5、6人の女性が椅子に腰掛けている。客ではないらしく、綺麗な足のホットパンツ姿である。その筋のことを連想させる。曹さんに聞くと交渉次第だという。大体400元ぐらいだそうだ。曹さんも経験があるらしい。曹さんの奥さんは上海・無錫の自宅で彼が帰郷するのは年に旧正月の15日間だけだからしょうがないか、と無理矢理思おうとするが・・・
奥さんは麻雀ばかりしていると言う。




 中に入ると先ほどの散髪屋よりもお粗末な感じだが、冷房があるし小姐もいる。鏡の前の椅子に腰掛けると、その中の一人の女性が寄ってきた。長い髪のホットパンツ姿の美人、入ってきたときに一番最初に目を引いた女性であった。シャンプーを手に取り、頭をマッサージするように洗ってくれる。あまり力も入っていないし期待したほど気持ちよくもない。日本の方がうまい。シャボンのマッサージが終わると、部屋の隅のドア向こうにある流し台に移動する。ここでシャンプーを洗い流すが、意表をついて湯ではなく水であった。しかし暑い土地柄のせいかこの水が気持ちいい。彼女は水のシャワーを掛けながら2言3言ささやく。当然のことながら中国語で僕には判らない。さすがにこの時は中国語が話せないことが残念だった。

 頭を洗い終わって席に戻ってくると、他の客が席についていた。彼女はこの客に何か言い席を空けさせてくれた。店内を見ると頭を洗っている内に客でひしめいている。曹さんはというと散髪屋にいた他の女性達とおどけながら楽しく話をしている。本当に彼は女好きである。
 椅子に腰をかけるとさっきの女性の担当が終わったらしく、気むずかしい顔をしたおばちゃんに交代した。ドライヤーで髪の毛を乾かせながら何か話しかけてくる。カットをするかどうか聞いているらしい。曹さんが横と後の毛をカットするように言ってくれた。
 しばらくすると、工場で一緒に仕事をしている香港人のパトリックを伴って同僚のHさんが洗髪にやって来た。今日はこの散髪屋、千客万来である。しかも時刻は11時になっている。

 おばちゃんが櫛を手にカットを始めた。髪の毛をすき、櫛をあて電気バリカンで右から左へさらう。髪の毛がばらばらと床に落ちる。日本での鋏さばきとは違いなかなか豪快である。
 洗髪の終わったHさんの方を見ると、待ちきれなくなったのか、自分でドライヤーをあてている。隣でドライヤーを待つパトリックが冗談っぽく「ユー、プロ。OK、OK」と訳の判らない事を言っている。Hさんはそそくさとドライヤーを終え、店の人に3人で値段はいくらかと身振り手振りで聞いている。50元を払い、旅店へと帰って行った。洗髪が15元、カットがなんと5元(60円)である。15元は綺麗な女性の洗髪代というところか。

 10分ぐらいでカットは終わり、パトリックと曹さんと3人で散髪屋を出た。出来映えはいいとは言えないが、髪の毛が伸びれば同じ事だし安いのが魅力。Hさんとパトリックが来たおかげで、にぎやかな散髪となり楽しい時間を過ごせた。旅店の部屋に戻ってみると11時半になっていた。


 散髪屋へ行って2、3日が経った。時刻はもう深夜1時を過ぎている。日本の7時のNHKテレビニュースが香港のワールドTVで深夜12時頃から毎日放映されているので、僕はベッドでこのニュースを見てから寝る日課になっている。ベッドに横になりうとうとしていると外が騒がしい。大声が聞こえてくる。うるさい客だと思ったがそうではないようだ。

 僕の部屋のドアの鍵が合い鍵で勝手に開けられた。チェーンを掛けてあるため、ドアをがたがたしている。公安だ、ふとそう思った。




曹さんはここの通訳。Oさんが大阪人でコテコテの河内弁で彼に話すので、彼は時々きょとんとしていますが大阪語をよく理解していて自分で気づかないうちに染まっています。

今は死語となっているというホットパンツ、超ミニなショートパンツですがこのパンツをはいた女性たちがたむろしている散髪屋はやっぱり異様な感じがします。はじめに1人で行こうとしていたのですが「へん」なところのような気がして行きそびれていたのです。
水で洗い流していたとき、小姐がいろいろささやいていたのはおそらくマッサージのお誘いでしょう。洗髪に比べてマッサージの方が歩合が大きいですから。

散髪屋はだいたい午前3時ぐらいまで開いています。で、働く小姐は拘束時間が16時間とかあってびっくりします。ま、自由にやっているのでしょうけど・・・
今は拘束時間も短くなっているようですがそれでも12時間とかのところも多いようです。

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by sceneway | 2007-02-22 21:49 | 香港中国若葉マークの頃 | 非公開コメント  
2007年 02月 21日
香港初在住日記(67) 通訳の面接 (1997.3.4)

  【67】  1997年3月4日(火)  通訳の面接  

 さんざんな一日だった。
 今日も中国工場。朝、総務のHSさんから通訳をしたいという人が今日面接に来るので応じて欲しいと言われた。なぜ僕が・・?と思ったが今日は開発部関係のエライさんが誰もいなくて僕が筆頭になるらしい。技術に入ってあなたのアシスタントになる人だからと言われて引き受けることにした。
中国人の外出許可にもサインさせられた。

 採用のための面接と言うのは初めての経験。大丈夫かな。HSさんのはとりあえず入れればいいですよ、という。とりあえず入れてだめであれば首にすればいいとのことだろうが・・・・
今いる女性が3月15日で辞めるのでその代わりとのこと。

 1人は通訳志望の男子。学校を卒業したばかり。話をするとCDプレーヤーという言葉もわからない。こちらからいろいろ質問してもわかっていないような気がする。直感的だめだとに感じる。HSさんに伝えると即行動。

 つづいて女性。2年間日系企業で事務的なことをやっていたという。日本語もさっきの男子に比べて流暢。細かい話は無理だけど意欲はありそう。日本企業に入社したい目的が日本語を覚えたいそうだ。将来性は感じるが調子のいい所が気になる。
 広瀬さんはこの女性が恵州出身で広東語が母語なので香港人とのコミュニケーションにいいのではという。なるほどそうだ。HSさんはいい人なのだろうと思った。

 とりあえず香港に電話を入れる。誰もいない。後ほど電話があり、ごちゃごちゃ言っているが結局のところは僕の判断で決めればいいような感じ。

 広瀬さんに気に入りました、と伝えるとこれまた行動が早い。彼女は以前の会社で1200元の給料だったと言っていることを伝えてバトンタッチ。今の小姐は1500元の給料らしい。

HSさんは日本人ですが戦争のため、中国生まれの中国育ちだとか。で、中国の事情には詳しいのです。
はっきりしている印象で、ポイントを心得た行動に感心させられた人です。私が呼ばれたときにはすでに面接の中国人に日本語の新聞を見せて翻訳させていました。なるほど、と思いました。さすがに総務です。

面接した女性は入社しました。日本語のレベルはまあまあで一応成功という感じでした。



これは当時の中国工場ではありませんが、工場がある所と言えばこんな感じのところが多かったのです。ここはかなり都会の方です。
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by sceneway | 2007-02-21 22:09 | 【香港初在住日記】 | 非公開コメント  
2007年 02月 20日
香港初在住日記(66) 中国工場PartⅡ第3日 (1997.3.2)

  【66】  1997年3月2日(日)  中国工場PartⅡ第3日  

 8時半日曜出勤。2人の中国人の手伝いで仕事を始める。言葉の不自由さもあってゆっくり進む。昨日購買部で買っておいたお菓子とコーラを持って行く。

 このごろ一日一日が進歩していないことに焦りを覚える。新しい技術分野の仕事をするでもなく言葉を勉強するでもない。
 何か充実した時間があればと思う。仕事の一部に振り回されていては何も向上しないように見える。体を浪費するだけ。
 香港中国に住んでいる価値がないように見える。ただ一時的に収入が増えたに過ぎないように見える。せめて・・・

この頃の日記を読み返すと休めないせいか、ぼやきが多くなってました。もう少し気楽になってもよかったのでしょうが・・・

ただ、香港・中国という日本とは違う状況の中で、日本人が香港で起業した会社、日本人も多くいるので日本流の運営にこだわっているように見えたこと、取引先が日本にある日本企業だと言うことでなおさらで、会社自体に無理があったのではないかと思えます。日本側の要求を香港中国で果たすことはまず無理。

2007年 深圳のマンションの春節
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by sceneway | 2007-02-20 22:25 | 【香港初在住日記】 | 非公開コメント  
2007年 02月 19日
香港・中国/若葉マークの頃【2】 東莞出張日記1994年 - 散髪と公安(警察) (1)
初めての香港旅行を終えたあと、香港で働くことを勧めてくれる人がありました。
とはいえ、初めての海外旅行を終えたばかり、ちゃんと生活していけるのか不安があります。

で、それまでの会社を辞職、日本で設計して香港の会社に依頼その中国工場で生産をする、という会社に1992年入社、1年1ヶ月程度の香港・中国を経験することになりました。

中国工場は東莞市鳳崗鎮。地図を確認、深圳の中程、東莞市が入り込んでいる所に「凤岗」の地名が見えます。鳳崗の簡体字です。
当時、香港から深圳に入り、羅湖からタクシーで工場に向かいます。高速道路が全くなかった頃でタクシーで1時間近くかけて行きます。150元。

当時鳳崗にはまともなホテルがなく、旅店という簡易宿泊所みたいな所に宿泊。バスはあるものの湯がちょろちょろとしか出てこないので頭を洗うのにも工夫と努力が必要です。

これはこの会社入社3年目、1994年の出来事です。もう13年も前になります。
当時の中国日記から・・
3回に分けています。今日はその1回目。



中国東莞市鳳崗鎮出張日記1994年  - 散髪と公安(警察) (1)

1994年6月16日-7月6日 By Sceneway


 おっ、来た来た、手に部品をぶら下げている。きっとあのせりふだ。
「これ、ノーグッド!」
 やっぱりな。口から唾を吹き飛ばしそうな勢いである。こういう時はたいていたわいないことが多い。彼が仕事でやってくる時は大体「これ、ノーグッド」と言ってやって来る。それで彼のことをノーグッドにいちゃんと呼んでいる。彼に言うと、ちょっと待て、という顔で嫌がった・・・

 どうやら金物部品の寸法が合わないらしい。見ると図面とは逆の方向に曲げられている。納入業者のミスのようだ。彼に良品と並べて見せる。彼は「おっ」という表情を見せ、照れ笑いをして、頭をかきながら出ていった。

 ノーグッドにいちゃん、梁さんは僕が初めてこの中国工場に来た時、生産の長として仕事を手伝ってくれた。彼は広東語しか話せないようで、通訳の曹さんの普通話(標準語)を理解はできるが話すことはない。彼の話によると今は学校で普通語の教育があるが彼の時代は普通語の教育がなかったそうだ。
 僕も中国語は片言なので、意志の疎通はもっぱら筆談が多い。急に高飛車に出るかと思えば、にたっと笑ったり、仕事の実力はそれほどながら、なかなか憎めない人間で僕とは何かウマが合うというか、よく一緒に遊ぶ。彼のデスクに僕を連れて行き、写真を見せながら、これは子供、これが自分の家だと言いながら説明をしてくれたりもする。

 カラオケに行くと人が変わってしまう人間でもある。普段は煙草をすすめると、すました顔をして人差し指で喉を指さして、「ノーグッド」。
 ところが、カラオケに行くと酒も飲まないくせに「おい」と言って煙草を催促してくる。煙草を箱ごと渡すと、一本を僕の口に強引に突っ込み一本を自分の口へ。曲の予約メモリーを6曲全部自分の好きな曲に変更しては豪快に笑い、曲にのってくると肩を組んできて大声で歌う。いつの間にか彼の前にはコカコーラが。全く喉に悪いもあったものではない。




 また彼がやって来た。こんどは別に何もないようだ。僕の仕事を手伝ってくれながら僕の頭を指さした。どうやら髪の毛が伸びていることを言っているらしい。今回の滞在が延び延びになっているため、帰国してから散髪にいくつもりだったのが、むさ苦しくなっているようだ。中国の散髪もまだ行ったことがないし、一度経験してみるか。

 この工場にいる別会社日本人のOさんはもう何回も行っているようだった。
「ただこことここをカットしてくれと身振り手振りで説明するだけ。はっきり言ってうまくはない。洗髪をカットの前にするからびっくりしたけど。通訳の曹さんと一緒に行ったらいいよ」

 同僚のHさんは旅館の湯が出ないことが多いので、洗髪だけ行ったことがあると言う。まあともかく今日行ってみるか。梁さんはたった20元だと何回も繰り返し言っている。20元といえば大体250円か、さすがに安い。日本の10分の1以下である。

 午後10時、今日も仕事が遅くなってしまった。Hさんに散髪に行くと言い、曹さんと共に工場を出た。

 僕が宿泊している旅店の近くに散髪屋が2軒あるが、曹さんがこっちの方がいいと言い、どんどん先を歩いていく。僕としては夜も遅いし、暗いところを歩くのは不安がある。曹さんは僕の気持ちもおかまい無しにどんどん歩いていく。普通なら中国人と一緒なので大丈夫なのだろうが、彼には深夜の路上で強盗にあい、身ぐるみ剥がれた”前科”がある。僕の不安は隠せない。




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by sceneway | 2007-02-19 20:00 | 香港中国若葉マークの頃 | 非公開コメント